以前、遊佐未森さんを知ったきっかけでラジオのことを書きました。
私は、中学生から高校生にかけてラジオをよく聞いていました。
当初は友人から定番のオールナイトニッポンを教えていただいたのが始まりでしたが、ラジオを本格的に好きになったのはTBSラジオの「ラジオはアメリカン」でした。
初代のパーソナリティーは大橋照子さん、その後、大橋照子さんの渡米に合わせて斉藤洋美さんに代わり、最後は大原のりえさんに代わりました。
私は大橋照子さん、斉藤洋美さん時代に聞いていました。
内容はリスナーのハガキの投稿を読んだり、面白い物まねとかのカセットテープが流されたりと、当時のラジオ番組としては定番の内容でしたが、当時の私には心地よく、毎週、日曜日の深夜を楽しみにしていました。カセットテープなどを投稿して、名前だけは読まれたことがあるのも良い思い出です。
その頃はあまり気にしていませんでしたが、今になって思い出してインターネットで検索してみると、大橋照子さんは昔は親衛隊がいるほどの人気者だったとか、みなさん、有名で人気者のアナウンサーだったことがわかったりしました。
どおりで面白かったわけですね。
今でもたまに、同性代の方との話で盛り上がることもありますし、当時はラジオの人気は凄かったことを再認識しています。
こうした、昔、知った人などをインターネットで調べられるようになったことで、今度はSNSでお目に掛かったりするわけですが、懐かしい気持ちになります。
現代の情報収集ツールであるインターネットを使って、昔の媒体であるラジオの情報を調べるという行為は少し面白い気もしますし、今でもスマートフォンアプリのradikoを使って全国のラジオを聴くサービスがあるくらいなので、まだまだラジオも捨てたものでは無いと思います。
災害時の情報収集手段としても利用されるラジオですが、たまには緊急時に備えて、壊れていないか、電池は切れていないかをチェックしておきたいものです。
令和3年7月12日