今までに起こった大量絶滅回数は?

前回、生物の大量絶滅のひとつ、P-T境界事変について書きましたが、実は生物の大量絶滅は今まで5回起こっています。

実は、古生代や中生代、新生代といった「代」による時代区分は、生物の大量絶滅で前の時代に栄えた生物が大量絶滅して、新しい生物が栄えたことで区分されています。

ただし、古生代の期間には複数回の大量絶命があり、これが「カンブリア紀」「デボン紀」などの「紀」で分けられています。「代」よりも「紀」の方が、生物の種類が大きく変わっていないようなルールで区分されています。

中生代末に恐竜などの大型爬虫類が絶滅した結果、中生代には目立たない存在であった小型哺乳類が大型爬虫類の穴を埋めて、急速に多様化や大型化して栄えることになり、哺乳類の時代である新生代が幕を開けることになりました。

私は小売業出身ですが、小売業についても、最初に小さな商店が誕生し、それが集まって商店街が誕生し、その中から百貨店やスーパーマーケットが誕生し、更にはショッピングセンターやコンビニエンスストアーが誕生し、今ではインターネット通販が栄えるように時代が変化しています。

生物のような大量絶命にはなっていませんが、過去の小売業の業種や業態は新しいビジネスモデルにお客様を奪われるようなことが繰り返されてきました。

生物と小売業は一緒ではありませんが、時代の変化に対応していくものが生き残っていくという意味では同じ要素も多くあります。

大量絶滅を避けるためには、生物もビジネスも、現状に満足することなく、時代に適応していくことが重要であることは共通と言えるでしょう。

令和3年7月22日

 

P-T境界事変とは?

先日、古生代の示準化石である紡錘虫について書いた時に「P-T境界事変」という言葉を書きました。

P-T境界ですが、古生代の最後にあたるペルム紀 (Permian) と、中生代の最初である三畳紀 (Triassic) の境目のことを指しますが、そこで起きた生物の大量絶滅のことをP-T境界事変と呼びます。

P-T境界事変での生物の大量絶滅の要因は諸説あり、まだ、明確な説は無いようです。

地球の歴史の中では、このような生物の大量絶命は何度もあるのですが、今現在も多くの生物が絶滅しており、そのスピードは過去の大量絶滅のペースを大きく上回るそうです。

当然ながら、大量絶滅の要因には「人間」が大きく関わっていると思われ、色々と考えされられる大きなテーマです。

令和3年7月21日

 

 

段ボールのビニールバンドの切り方

先日、お客様から山形県産の「さくらんぼ」をいただきました。とても美味しかったです。

さて、果物を入れているダンボールなどは、ビニールのバンドで留められています。

これは「PPバンド」と呼ばれています。(少なくとも私はそう呼んでました)

果物や野菜を扱っていると、毎日のように目にしますし、実際にバンドを切って中身を取り出す毎日を過ごしていました。

このPPバンドですが、普通、ハサミやカッターで切るんですが、実は素手で簡単に切る方法があります。

PPバンドには「つなぎ目」があるんですが、ここを裏返すと、バンドのあまり部分が少し長くなっています。ここを引きはがすことで簡単にバンドを切ることができます。

今は青果物を扱うことはほどんどない(お客様の店のお手伝いくらいです)ですが、果物などをいただいたり、購入した際にはそこそこ役に立っています。

令和3年7月20日

紡錘虫~フズリナ

前回、化石の話を書きましたが、その中で「紡錘虫」が出てきました。

「紡錘虫」は一般的には「フズリナ」と呼ばれますが、古生代の石炭紀~ペルム紀に栄えた有孔虫で現在は絶滅しています。有孔虫そのものは現在も存続していますが、フズリナと比較すると極めてサイズが小さいものになっています。

フズリナ約1億年存続した種で、石灰岩中に多く現れる化石として知られ、広島県のお隣の山口県の秋吉台では多くのフズリナの化石が見られます。

古生代に多く栄え、中生代に入る前に突然、絶滅したことから、大量絶滅(いわゆるP-T境界事変のことです)を証明する化石としても知られます。

非常に種類が多く、化石の産出量も多いので、時代を特定することに使われる示準化石になっています。この示準化石ですが、あちこちの場所で産出されるので、その地層の時代を特定するのに便利な化石です。ただ、現在では「放射年代測定」が登場して、より正確な年代特定が可能となりました。

山口県の秋吉台でも、広島県の帝釈峡でも簡単に見つけることができますので、初めて化石を探す人にはおススメです。

ただし、両方とも国定公園になっていますので、現地で勝手に採取するのは禁止です。化石採集場など、採取しても良い場所を教えていただきましょう。最悪、施設の駐車場などの私有地であれば、施設の方に許可をいただけばも拾えるかもしれません。

令和3年7月19日

広島県で化石採掘は難しい?

子供の頃、化石が好きだった時期があります。

化石が発掘されるのは「泥岩」「砂岩」「石灰岩」などの堆積岩になります。

私の住む広島県は火成岩である花崗岩で出来ている地質のため、残念ながらあまり化石が産出される場所ではありません。

中国地方全域で花崗岩が多いのですが、花崗岩は鉄分を多く含むため砂鉄が多く産出され、たたら製鉄が盛んになったような背景もあります。

ただし、広島県でも県北の「備北地区」は砂岩や泥岩で構成される備北層群があり、牡蠣の化石やコハクなどが産出されています。

また、庄原市の帝釈峡には石灰岩層があり、紡錘虫、サンゴ、ウミユリなどの化石が多く見つかります。

国定公園や天然記念物に指定されている場所が多く、採掘は難しいですが、広島県内でも探せば化石は見つかります。

子供の頃、「自由に化石を採掘しに出掛けたい!」と思っていましたが、そんなに多く出掛けることはできなかったことを記憶していています。ただ、大人になって、ある程度、自由に移動できるようになる頃には興味も薄れ、出掛けることが無いのが実情です。

化石は文字通り、自分の記憶の中の「化石」になってしまいましたが、子供の頃を思い出して、たまには記憶を掘り起こしてみるのも良いものです。たまには化石探しに出掛けてみたいと思いました。

令和3年7月18日

高速道路が通行止めの時の動き方

前回、出雲市へ出張した時に、豪雨の影響で高速道路の松江・尾道線が通行止になっていたことを書きました。

翌日、広島に戻ったのですが、松江・尾道線の通行止めは復旧せず、一般道で迂回することになりました。

今のナビは、高速道路の通行止情報は反映されるので、迂回路が自動的に表示されるのでなかなか便利です。

と思っていたのですが、行く先々の一般道が土砂崩れで通行止めです。

ナビも山奥の一般道の通行止め情報は反映しないことがわかりました。

5か所も6か所も通行止めになってから出した結論としては、「災害時に通行止めが多い時は主要道路に戻るしかない」ということで、一旦、元の道を戻って主要道に回り込むことにしました。

国道54号線を走って、なんとか中国自動車道に乗って戻ることができました。

ナビに慣れてしまい、ついつい依存してしまいますが、原点に戻って考えて、最適解を出す必要があることと再認識させられました。

令和3年7月17日

ゆるキャラの開発

前回、島根県飯南町のブランドマークを開発した話題について書きましたが、もうひとつ、飯南町のゆるキャラを開発したのを思い出しました。

飯南町のブランドマークを開発する際、実は頼まれていたわけでは無かったのですが、お願いしていたデザイナーの方が制作してくれまして、せっかくなので町サイドに提案したところ、「おもしろい」という話になったような記憶があります。

その後、住民投票などのプロセスを経て採用されたと思うのですが、かなり前のことですし、記憶は定かではありません。

ゆるキャラの名前は「いいにゃん」で、島根県のゆるキャラの中ではそこそこ人気があるようです。

いいにゃんの公式ホームページ

今でも、地元ではラッピングバスになっていたり、イベントでぬいぐるみが活躍しているそうです。

最近はコロナの影響で開催されていませんが、広島市のグリーンアリーナで開催される「島根ふるさとフェア」でも活躍を見ることができます。

ゆるキャラの開発に関わることは、ブランドマーク開発以上に機会は無いと思うので、良い経験と良い思い出になりました。

令和3年7月16日

ブランドマークの開発

出雲市へ出張に向かっていたところ、先日の豪雨の影響で高速道路の松江・尾道線が通行止になっていました。

松江・尾道線が開通する前は、島根県の飯南町を通る一般道を通っていたのですが、何年か振りかで通りことになりました。

途中、道の駅に立ち寄ると、見たことのある看板に気づきました。

看板

飯南町のブランドマークなのですが、実はかなり前に当社で引き受けた仕事だったことを思い出しました。

「神降る 星舞う 水薫る 飯南高原」というキャッチコピーと一緒に提案させていただきましたが、住民投票などを経て採択されたのも良い思い出です。

中々、市町村のブランドマークを開発するような依頼を受けることは無いのですが、このような仕事の成果は、長く残るので嬉しいですね。

令和3年7月15日

グリム童話の思い出

中国地方が梅雨明けし、本格的な夏が到来しました。

夏になると思い出すのが、大学時代のカバディ部の合宿です。

暑い中、山間部の施設で練習をしたことも記憶にはありますが、合宿期間中に台風が来てしまい、合宿先の廃校?で夜もカンヅメになっていたことを思い出します。

スマホも何も無い時代でしたし、何も持ち込んでいなかったので、仕方なく、廃校?に置いてあった本を漁って読み耽りました。

その中で人気があったのが「グリム童話」でした。

誰が見つけたのかわかりませんが、「これ、面白いぞ!」と言い出して、それからは取り合いになったのを思い出します。

子供向けのグリム童話でしたが、たしか、誰かが悲しくなって、涙がたくさん出て、涙でおぼれてしまい、みんな仲良くどざえもん、みたいな内容だったと思いますが、なかなかシュールな内容でした。

Googleで検索しても出てこないので、もしかしたら夢だったのかも・・・と思いますが、それもまた童話みたいで良いのかな、と思ったりしています。

令和3年7月14日

往年の名機 Sony ICF-2001D

前回、ラジオのことを書きました。

中高生の頃はホントにラジオが好きでして、そこそこ良いラジオを使っていました。

実は今でも事務所に置いてラジオを聞いていますが、ソニーのICF-2001Dというラジオになります。

当時、BCLが一部ではやっていました。BCLとは、broadcasting listening/broadcasting listenerのことで、海外の短波による国際放送を受信して楽しむような人たちが多くいました。

海外の短波放送を聞いて、受信報告書(SINPOコードとかありましたね)を送ると、その放送局のベリカード(受信確認書)を送っていただけたりします。各国のカラフルなベリカードはとても嬉しかった記憶があります。

ICF-2001Dは、当時、BCLでは最高峰のラジオで、両親に無理を行って買ってもらったのを覚えています。

大事にしていたのと、大学で県外に出てしまってからは自宅に保管していたこともあり、今でも現役で動きますし、ボリュームなどの接触などがやや甘いものの、見た目も綺麗ななかなかな美品だと思います。

思い出したのをきっかけにGoogleで検索してみると、たくさん売り出されたりしていますが、程度があまりよくないものでも2万円とか、ジャンク品でも5000円とかで販売されていて、ちょっと驚いてしまいました。

まだまだ、ICF-2001Dを使っている人がいると思うと少し嬉しくなりました。

令和3年7月13日