段ボールのビニールバンドの切り方

先日、お客様から山形県産の「さくらんぼ」をいただきました。とても美味しかったです。

さて、果物を入れているダンボールなどは、ビニールのバンドで留められています。

これは「PPバンド」と呼ばれています。(少なくとも私はそう呼んでました)

果物や野菜を扱っていると、毎日のように目にしますし、実際にバンドを切って中身を取り出す日々を過ごしていました。

このPPバンドですが、普通、ハサミやカッターで切るんですが、実は素手で簡単に切る方法があります。

PPバンドには「つなぎ目」があるんですが、ここを裏返すと、バンドのあまり部分が少し長くなっています。ここを引きはがすことで簡単にバンドを切ることができます。

実際に切っている様子はこんな感じですね。

dav

今は青果物を扱うことはほどんどない(お客様の店のお手伝いくらいです)ですが、果物などをいただいたり、購入した際にはそこそこ役に立っています。

令和3年7月20日

紡錘虫~フズリナ

前回、化石の話を書きましたが、その中で「紡錘虫」が出てきました。

「紡錘虫」は一般的には「フズリナ」と呼ばれますが、古生代の石炭紀~ペルム紀に栄えた有孔虫で現在は絶滅しています。有孔虫そのものは現在も存続していますが、フズリナと比較すると極めてサイズが小さいものになっています。

フズリナ約1億年存続した種で、石灰岩中に多く現れる化石として知られ、広島県のお隣の山口県の秋吉台では多くのフズリナの化石が見られます。

古生代に多く栄え、中生代に入る前に突然、絶滅したことから、大量絶滅(いわゆるP-T境界事変のことです)を証明する化石としても知られます。

非常に種類が多く、化石の産出量も多いので、時代を特定することに使われる示準化石になっています。この示準化石ですが、あちこちの場所で産出されるので、その地層の時代を特定するのに便利な化石です。ただ、現在では「放射年代測定」が登場して、より正確な年代特定が可能となりました。

山口県の秋吉台でも、広島県の帝釈峡でも簡単に見つけることができますので、初めて化石を探す人にはおススメです。

ただし、両方とも国定公園になっていますので、現地で勝手に採取するのは禁止です。化石採集場など、採取しても良い場所を教えていただきましょう。最悪、施設の駐車場などの私有地であれば、施設の方に許可をいただけばも拾えるかもしれません。

令和3年7月19日

広島県で化石採掘は難しい?

子供の頃、化石が好きだった時期があります。

化石が発掘されるのは「泥岩」「砂岩」「石灰岩」などの堆積岩になります。

私の住む広島県は火成岩である花崗岩で出来ている地質のため、残念ながらあまり化石が産出される場所ではありません。

中国地方全域で花崗岩が多いのですが、花崗岩は鉄分を多く含むため砂鉄が多く産出され、たたら製鉄が盛んになったような背景もあります。

ただし、広島県でも県北の「備北地区」は砂岩や泥岩で構成される備北層群があり、牡蠣の化石やコハクなどが産出されています。

また、庄原市の帝釈峡には石灰岩層があり、紡錘虫、サンゴ、ウミユリなどの化石が多く見つかります。

国定公園や天然記念物に指定されている場所が多く、採掘は難しいですが、広島県内でも探せば化石は見つかります。

子供の頃、「自由に化石を採掘しに出掛けたい!」と思っていましたが、そんなに多く出掛けることはできなかったことを記憶していています。ただ、大人になって、ある程度、自由に移動できるようになる頃には興味も薄れ、出掛けることが無いのが実情です。

化石は文字通り、自分の記憶の中の「化石」になってしまいましたが、子供の頃を思い出して、たまには記憶を掘り起こしてみるのも良いものです。たまには化石探しに出掛けてみたいと思いました。

令和3年7月18日

高速道路が通行止めの時の動き方

前回、出雲市へ出張した時に、豪雨の影響で高速道路の松江・尾道線が通行止になっていたことを書きました。

翌日、広島に戻ったのですが、松江・尾道線の通行止めは復旧せず、一般道で迂回することになりました。

今のナビは、高速道路の通行止情報は反映されるので、迂回路が自動的に表示されるのでなかなか便利です。

と思っていたのですが、行く先々の一般道が土砂崩れで通行止めです。

ナビも山奥の一般道の通行止め情報は反映しないことがわかりました。

5か所も6か所も通行止めになってから出した結論としては、「災害時に通行止めが多い時は主要道路に戻るしかない」ということで、一旦、元の道を戻って主要道に回り込むことにしました。

国道54号線を走って、なんとか中国自動車道に乗って戻ることができました。

ナビに慣れてしまい、ついつい依存してしまいますが、原点に戻って考えて、最適解を出す必要があることと再認識させられました。

令和3年7月17日

ゆるキャラの開発

前回、島根県飯南町のブランドマークを開発した話題について書きましたが、もうひとつ、飯南町のゆるキャラを開発したのを思い出しました。

飯南町のブランドマークを開発する際、実は頼まれていたわけでは無かったのですが、お願いしていたデザイナーの方が制作してくれまして、せっかくなので町サイドに提案したところ、「おもしろい」という話になったような記憶があります。

その後、住民投票などのプロセスを経て採用されたと思うのですが、かなり前のことですし、記憶は定かではありません。

ゆるキャラの名前は「いいにゃん」で、島根県のゆるキャラの中ではそこそこ人気があるようです。

いいにゃんの公式ホームページ

今でも、地元ではラッピングバスになっていたり、イベントでぬいぐるみが活躍しているそうです。

最近はコロナの影響で開催されていませんが、広島市のグリーンアリーナで開催される「島根ふるさとフェア」でも活躍を見ることができます。

ゆるキャラの開発に関わることは、ブランドマーク開発以上に機会は無いと思うので、良い経験と良い思い出になりました。

令和3年7月16日

ブランドマークの開発

出雲市へ出張に向かっていたところ、先日の豪雨の影響で高速道路の松江・尾道線が通行止になっていました。

松江・尾道線が開通する前は、島根県の飯南町を通る一般道を通っていたのですが、何年か振りかで通りことになりました。

途中、道の駅に立ち寄ると、見たことのある看板に気づきました。

看板

飯南町のブランドマークなのですが、実はかなり前に当社で引き受けた仕事だったことを思い出しました。

「神降る 星舞う 水薫る 飯南高原」というキャッチコピーと一緒に提案させていただきましたが、住民投票などを経て採択されたのも良い思い出です。

中々、市町村のブランドマークを開発するような依頼を受けることは無いのですが、このような仕事の成果は、長く残るので嬉しいですね。

令和3年7月15日

グリム童話の思い出

中国地方が梅雨明けし、本格的な夏が到来しました。

夏になると思い出すのが、大学時代のカバディ部の合宿です。

暑い中、山間部の施設で練習をしたことも記憶にはありますが、合宿期間中に台風が来てしまい、合宿先の廃校?で夜もカンヅメになっていたことを思い出します。

スマホも何も無い時代でしたし、何も持ち込んでいなかったので、仕方なく、廃校?に置いてあった本を漁って読み耽りました。

その中で人気があったのが「グリム童話」でした。

誰が見つけたのかわかりませんが、「これ、面白いぞ!」と言い出して、それからは取り合いになったのを思い出します。

子供向けのグリム童話でしたが、たしか、誰かが悲しくなって、涙がたくさん出て、涙でおぼれてしまい、みんな仲良くどざえもん、みたいな内容だったと思いますが、なかなかシュールな内容でした。

Googleで検索しても出てこないので、もしかしたら夢だったのかも・・・と思いますが、それもまた童話みたいで良いのかな、と思ったりしています。

令和3年7月14日

往年の名機 Sony ICF-2001D

前回、ラジオのことを書きました。

中高生の頃はホントにラジオが好きでして、そこそこ良いラジオを使っていました。

実は今でも事務所に置いてラジオを聞いていますが、ソニーのICF-2001Dというラジオになります。

当時、BCLが一部ではやっていました。BCLとは、broadcasting listening/broadcasting listenerのことで、海外の短波による国際放送を受信して楽しむような人たちが多くいました。

海外の短波放送を聞いて、受信報告書(SINPOコードとかありましたね)を送ると、その放送局のベリカード(受信確認書)を送っていただけたりします。各国のカラフルなベリカードはとても嬉しかった記憶があります。

ICF-2001Dは、当時、BCLでは最高峰のラジオで、両親に無理を言って買ってもらったのを覚えています。

大事にしていたのと、大学で県外に出てしまってからは自宅に保管していたこともあり、今でも現役で動きますし、ボリュームなどの接触などがやや甘いものの、見た目も綺麗ななかなかな美品だと思います。

思い出したのをきっかけにGoogleで検索してみると、たくさん売り出されたりしていますが、程度があまりよくないものでも2万円とか、ジャンク品でも5000円とかで販売されていて、ちょっと驚いてしまいました。

まだまだ、ICF-2001Dを使っている人がいると思うと少し嬉しくなりました。

令和3年7月13日

ラジオの時代を思い出して

以前、遊佐未森さんを知ったきっかけでラジオのことを書きました。

私は、中学生から高校生にかけてラジオをよく聞いていました。

当初は友人から定番のオールナイトニッポンを教えていただいたのが始まりでしたが、ラジオを本格的に好きになったのはTBSラジオの「ラジオはアメリカン」でした。

初代のパーソナリティーは大橋照子さん、その後、大橋照子さんの渡米に合わせて斉藤洋美さんに代わり、最後は大原のりえさんに代わりました。

私は大橋照子さん、斉藤洋美さん時代に聞いていました。

内容はリスナーのハガキの投稿を読んだり、面白い物まねとかのカセットテープが流されたりと、当時のラジオ番組としては定番の内容でしたが、当時の私には心地よく、毎週、日曜日の深夜を楽しみにしていました。カセットテープなどを投稿して、名前だけは読まれたことがあるのも良い思い出です。

その頃はあまり気にしていませんでしたが、今になって思い出してインターネットで検索してみると、大橋照子さんは昔は親衛隊がいるほどの人気者だったとか、みなさん、有名で人気者のアナウンサーだったことがわかったりしました。

どおりで面白かったわけですね。

今でもたまに、同性代の方との話で盛り上がることもありますし、当時はラジオの人気は凄かったことを再認識しています。

こうした、昔、知った人などをインターネットで調べられるようになったことで、今度はSNSでお目に掛かったりするわけですが、懐かしい気持ちになります。

現代の情報収集ツールであるインターネットを使って、昔の媒体であるラジオの情報を調べるという行為は少し面白い気もしますし、今でもスマートフォンアプリのradikoを使って全国のラジオを聴くサービスがあるくらいなので、まだまだラジオも捨てたものでは無いと思います。

災害時の情報収集手段としても利用されるラジオですが、たまには緊急時に備えて、壊れていないか、電池は切れていないかをチェックしておきたいものです。

令和3年7月12日

surfaceRTの使い道

もうすぐWindows11が登場するようです。

今の私の持ち歩き用のメインPCは、Windows10のsurface pro7になります。CPUは第10世代のcore i5になります。 薄型で動きも良いので気に入って使っています。

Windows11になっても使えるようであれば、このまま使おうとは思っています。

実は、このPCの前には初代のsurfaceRTを使っていました。このPCはCPUがARMなので、普通のWindowsでは無く、タブレット用のWindowsライクなOSがインストールされていました。

見た目も操作感もWindowsそのまま、officeソフトもインストール済で、仕事をするのには困らないのですが、Windowsのソフトがインストールできないので、あまり人気が無かったようです。

ただ、仕事に割り切れば、officeは使えますし、インターネットやメールは使えますし、ほとんど困ることはありませんでした。また、マイナーなのでウイルスもいない、というかウイルス対策ソフトそのものが無いような状況でした。

エクセルでマクロが使えないなど、微妙な差異はありましたが、officeがインストール済で、ウイルス対策ソフト不要で、当時は39,800円くらいで購入したと記憶しています。

実はまだ、新幹線などでの出張時には持ち歩いており、今でもサブ機として仕えています。私の周りでは、surfaceRTを長く使っている人はいませんが、どんな機械も使い方次第だと思います。

今、不要なパソコンをクロームブックに改造したいと思っていますが、どちらの方が使い勝手が良いのか、少し楽しみにしています。

令和3年7月11日